なれそめ



 此処は、雲の上、天使の遊び場。

 神様に見守られて、ぱたぱたと飛び回る天使たち。


「早くぅ、お兄ちゃん、早く!」


 ひときわ元気な、女の子の天使が雲の間をするすると飛び回っていく。


「こら、前を見て飛ばないとぶつかる…」


 どしん!


「きゃぁっ」


 言った側から、警備の天使様にぶつかってしまっていた。


「こら、またあなたですか。」

「…すみません」

「おてんばもいい加減にしないと、立派な天使になれませんよ」

「…すみません」

「お兄ちゃんも、困ってるじゃないの。…ねぇ?」


 急に話を振られて、お兄ちゃん天使は驚く。

 とりあえず、軽くうなずきながら笑う。

 注意だけで終わって良かったと、ほっとした。

 ぱたぱたと、妹が寄ってきた。


「…えへへ、この前もあの人だったねぇ」

「……」

「怒ってる?」

「……」

「ごめんなさい」

「本当に反省してるの?」

「してるよ、大丈夫、ちゃんと前見て飛ぶから…」

「本当に?」

「本当よ、だから怒らないで、ごめんなさい、ごめんなさい…」


 目を伏せて泣きそうになる妹。

 …この表情にいつも騙されるんだっけ。

 でも、憎めない。

 可愛い、妹。

 ふわふわの髪を、兄がそっと撫でた。


「…お兄ちゃん?」

「行こうか」

「…うんっ」


 とびきりの笑顔。

 今度は、離れないように、手をつないで一緒に飛んだ。


 2人は、天使の国でも本当に仲良しで有名な兄妹で。

 誰も踏み込む事が出来ない関係。

 しっかり者の兄と、おっちょこちょいの妹。

 まるで恋人同士のようだと、いつも言われていた。


「でも、神様が私たちにお話なんて、いったいなんなのかしら、ねぇ?」


 妹が首をかしげて、兄に問う。


「お前があんまりおてんばだから、天使の国を追放されるのかもしれないな」

「いやよぉ、いやぁ、お兄ちゃんと離れ離れだなんて!」


 ぱかぱかと、兄の背中を叩きだす妹。


「うわっ、痛いよ、もう、冗談だって、大丈夫だって」

「ほんと? 大丈夫?」

「ほんと、ほんと。召集命令の紙も、招待状っぽかったし。遊びに来なさい、って。」

「ほんと?」

「だから、大丈夫だって。そんなに気にするんだったら、これからちゃんと、おしとやかに女の子らしく生活することだね。」

「意地悪!」


 ぷんっ、とむくれる妹。

 微笑みながら見守る兄。

 誰もが守りたいと思う兄妹天使。


 神様とて、其れは同じだった。


「いやいや、君たちが有名な兄妹天使かい。よく来たね。」

「はじめまして」と、妹が微笑み。

「お招き頂き、ありがとうございます」と、兄が礼をする。


 神様は目を細めて嬉しそうに2人を見た。

 兄と握手を交わし、妹の髪を優しく撫でる。


「今日はね、君たちに、天使の研修のお話だ」

「…研修?」


 立派な天使になる為には、神様から与えられる課題をクリアしなくてはならない。

 其れが、天使の研修。


「…どのような?」


 緊張しながら、兄が尋ねる。


「何、そんなに緊張する事はない。簡単な事だよ。」


 腕を組みなおし、2人の目を交互に見て、微笑み、神様は言った。


「人間になって、その一生を体験してきて欲しい。」

「…人間に?」

「そう。幸せも楽しみも、悲しみも苦しみも痛みも経験して、もっと幸せを噛み締められるようになって、帰っておいで。」

「…2人でですか?」と、兄が問う。

「そう。二人で。」


 そして、ちょっと意地悪そうに神様が微笑んだ。


「地上での2人の関係は、恋人同士だよ」


 


 


 


「…それで、其れが俺たちなの?」


 あたしの髪を撫でながら信也が問う。


「そうよ、だから、あたしたちは昔、兄妹だったの」


 ふふっ、と笑いながらあたしを抱き寄せる、長い腕。


「里奈は、お話が好きだね」

「そうでもしなきゃ、この安心感は説明できない」

「じゃ、神様に感謝しなきゃ」

「どうして?」

「兄妹じゃ、こんなふうに里奈のことを抱けなかったから」

「そうね、感謝しなきゃ」


 前の世で、2人は天使で兄妹で。

 今は、神様の計らいで、恋人同士で。

 惹かれあって、恋をして、抱き合って、丸くなって眠る。

 この生が終わる時。

 一緒に、空へ帰って。

 神様に報告するの。

 素敵だった、と。

 恋をするのは本当に素敵だった、と。

 幸せの意味を、全身で解った、と。

 そしてまた、兄妹として手を繋いで、空を飛び回って。

 自分たちが得た幸せを、地上にたくさん、ばらまいてあげるのよ。

 幸せだ。

 この上ない幸せが、甘い熱になって、身体中を巡る。


 信也の胸に顔をうずめていたら、とろとろの睡魔が襲ってきた。


「ねぇ…また眠くなってきちゃった」

「…うん」

「このまま、もう一度眠っても良い?」


 返事の代わりに頭のてっぺんにキスが降りてきた。


 信也の胸に、耳を当てるような格好に、そっと寝返りを打つ。

 長い腕は、あたしに巻きついたまま。


 この世で一番やさしいリズムを聴きながら、あたしはまた、眠りに落ちる。