ドロップ



 カランカラン、コロン。


「っあー、まただぁ」


 そういって、サクマドロップの缶の中を覗く。

 さっき出てきたハッカ味戻して、もう1回。

 カランカラン、コロン。

 …よし、イチゴ味ゲット。

 口に放り込んで、もう1度、缶を振ってその重みを確かめた。

 ―――あと、2日くらいかな。


 今回の缶は大収穫。

 最低でも、5粒はある筈。

 …ハッカ味。


 門倉が、好きだって言うから。


「あたしね、サクマドロップ好きなんだけど、ハッカ味だけがどうしても食べれない」

「うそ。俺、好き」


 あの日の会話を、反芻する。

 …『好き』が、あたしに向けてだったら良いのに、なんて、ガラにも無く考えたあの日。

 それ以来、ハッカだけ残して、渡しに行くのだ。

 話す為の、口実。


 ガラガラガラッ。


 教室の扉が開いた。


「あ!」

「…うーわー」

「何よ、その嫌そうな言い方」

「だって、マジで嫌だもん」

「ひどい! 其処まで言わなくて良いじゃん…」

「傷付いた?」

「うん、ショックで寝込みそう」

「あ、ホント、お大事にー」

「ちょっ、門倉、待ってよ!」

「…元気じゃん」


 いしししっ、って。

 いたずらっ子の笑い方、する。

 …好きだな。


「宿題?」

「うん。家で勉強するの好きじゃないから、学校で全部やっちゃう」

「そのノート貸して」

「…だーめっ。いくら門倉のこと好きでもそれはできない」

「あ、そう。おまえに貸し作ると怖いしな。」

「…そういう言い方する?」

「おまえ、打たれ強いから」


 そういうふうに振舞ってんの、誰の為だと思ってんのよ。


「ねぇ。今度の缶、大収穫だよ」


 話を変えようと、おどけて、サクマドロップの缶を見せる。


「あー…おまえ、本当に好きだねー。俺、飽きてきた、そろそろ」

「えーっ、うそっ、責任持って食べてよ。」

「えーっ、いらねー」

「受け取ってくれるまで追いかけるもん」

「うわっ、マジで怖っ」


 顔は笑ってるから。

 嫌われては、いないよね?


 好きだと言うところから、始まると思った。

 言わなきゃ、進展しない関係だから。

 言っても、崩れないと信じてた。

 崩れていない、今の友達関係に、ホッとしてる。

 でも。

 満足は出来てない。

 会えば会うほど。

 話せば話すほど。

 募る気持ちを、門倉は知ってるのかな?


「ねぇ、門倉」

「ん?」

「ありがと」

「何が?」

「…普通にしてくれて」

「……」

「ありがと」

「…おまえ、そんな事、急に言われると、俺だって身構えるんだけど」

「…ありがと」


 答えずに、門倉は自分の鞄に手をかけた。


「帰るの?」

「お前は帰らねぇの?」

「一緒に帰って良いんだ?」

「…方向、思いっきり逆じゃね?」

「自転車置き場まで」

「うーわー、誤解されたらどうしよ」

「既成事実が出来たらこっちのもんだ!」


 マジ怖ぇ、と呟きながら、いしししって、また、笑う。


「ね、ね、サクマドロップってさ、ハッカだけの缶があるんだよ、知ってた?」

「あ、マジで?」

「うん。こないだ買いに行った駄菓子屋さんで見た。レア物かな?」

「じゃ、それ買ってくれれば良かったじゃん」

「楽しくないでしょ、それじゃ。」

「俺もたまには他の味、食いてぇかも」

「あ、食べる?」


 手のひらに、カラン、と出してあげる。

 …ブドウ味。


「お、ブドウ。ラッキー」

「好きなの?」

「まぁまぁ」

「じゃ、今度からブドウも残していってあげよっか?」

「1粒だけ当たりー、みたいな」

「良いかもー」


 この、笑える時間が幸せだ。

 あたしも、一粒、口に放り込んだ。


 充分幸せな筈なのに。

 如何してそれ以上を望むんだろう?

 もっと一緒に居たい。

 遠回りでも一緒に帰りたかったり。

 休みの日でも会いたくなったり。

 声が聴きたい。

 温もりを知りたい。

 その心を、誰かに奪われちゃう日が来て欲しくない。


 ねぇ、あたしと幸せな時間、過ごそうよ。


 気持ちはまた、抑えきれなくなる。

 言いたくて仕方ない。

 分かってもらいたくて、仕方ない。


「じゃあな。」


 校門の所で、門倉が手を振る。

 逆方向。

 …あ、なんか、あたしたちの心みたい。


 ねぇ、あたし、もっと幸せをあげられると思うんだけどな。


「門倉ー! あたしと付き合おうよ!」

「ノーサンキュー!」


 手を振る背中が小さくなっていく。

 ちぇっ。

 冗談みたいになったじゃん。

 ばーか。

 本気なのに。

 本気なのに。

 いつだって、本気なのに。

 ちぇっ。



 グレープフルーツ味が、心の中まで沁みた。