どのみち、散る想いなら。



 …あ、眩しいな、西日。

 如何にか、想いをはぐらかそうと、他の事に目を向ける。

 でも。

 でも。

 目の前でうなだれているのが雄介である限り、あたしの心が平静を取り戻す事は、無い。


「慰めてー…慰めてよぉ、清香ぁ」


 ふざけた、甘え口調で、そう言ってはいるけれど。

 知ってるよ。

 其の顔、上げたらさ、涙目でしょ。

 知ってるよ。

 雄介を知り過ぎているから、言葉が出ない。

 慰められない。

 触れてしまえば、壊れそう。

 どんなに優しい言葉でも、今の彼を守れない。

 守れるのは…彼を正常に戻せるのは…。

 …別れた彼女が「ごめん、冗談だよ」なんて言ってくれたら良いのかな。


「慰めて…」


 力の入らない手が、ひらひらとあたしを探している。

 触れたら壊れるの、あたしの方じゃないのかなんて思いながらも。

 雄介があたしを探すなら、ちゃんと応えてあげなきゃいけない。

 …触れたいだけなのかな。


 振られたって、捨てられたって、如何して?

 あんなに大切にしてたのに、如何して?

 あたしだったら、応えてあげる、いつだって、探されたら、側に行ってあげる。

 泣かせたり、しない。


 あの日。

 涙を飲んだのはあたしだったの。

 ずっと一緒に居ると思ってた。

 そう思ってたのに、諦めた。

 雄介が、幸せそうだったから。

 其れは其れで嬉しかったの。

 だから、友達のふりだって出来たの。


 あたしが一番知ってる。

 雄介を泣かせた彼女より。

 あたしの方が知ってる。


 うなだれたままの頭、髪の毛がさらさらと、秋風に揺れた。

 …触れた、触れずに居られなかった。

 雄介が、ちゃんと落ち着けるように、触れた。


 何も言わずに泣く、雄介。

 何も言わずに撫でる、あたし。


 逆だな。

 男女が、逆みたい。


 泣いて良いよ。

 あたしを信じてくれてるんだよね。

 泣いて良いよ。

『良い友達』でしょ、うん、解ってるよ。

 そんな事、解ってる。

 どれだけ彼女を好きなのか、も。

 如何して彼女を好きなのか、も。

 どれだけ彼女が大切なのか、も。


 あたしが一番知ってるんだよ。


 なのに。

 不謹慎だな。

 髪に触れるだけで嬉しい、役得だなんて思って。

 嫌な奴だな…信用されるに値しないよね。


「…ありがとう、落ち着けた」


 不意に、顔を上げられた。

 …笑顔。

 思いっきり、無理した笑顔。


「…帰ろ」


 立ち上がって、あたしに言う。

 何事も無かったかのように。

 西日、眩しい。

 本当の表情が、見えない。


 ねぇ。

 あたしなら良いよ。

 あたしなら居るよ。

 雄介の所、居る。


 撫でてあげる。

 落ち着かせてあげる。

 無理に笑う必要なんて無いよ。

 あたしの前で無理なんてしなくて良いんだよ。


 …其れでも、彼女が好き?


 …本当に?


 あたしじゃ駄目?

 ねぇ、駄目?


 とっさに掴んで、引き止めた。

 抱きしめた学ランの背中は、見た目以上に大きくて温かい。

 もう、後には引けない。




「……好き。」


 固まった背中、ぎゅうっと抱いた。